平成29年版環境白書からのメッセージ

 

環境省 参与 奥主 喜美
 

 平成29年版環境白書のテーマは「環境から拓く、経済・社会のイノベーション」である。これは、持続可能な開発目標(SDGsの採択やパリ協定の発効など国際社会が持続可能な社会の実現に向けて大きく動き出している中、「我が国が直面する環境・経済・社会の諸課題に対して、環境政策によって環境問題を解決すると同時に、社会経済のイノベーションを創出し、経済・社会の課題をも解決していく(=「環境・経済・社会の諸課題の同時解決」)ための方向性を提示する」ことを目的としている。
 白書では、この考えにつながる国際的に大きな流れを二つ紹介している。
 まず、第1部第1章で紹介している「持続可能な開発目標(SDGs)」である。
 SDGsは、地球規模での人口増加や経済規模の拡大の中で気候変動をはじめとする地球環境の悪化が深刻となる中で、先進国と途上国がそうしたグローバルな問題の解決にともに取り組む必要があるとの認識が国際的に共有された結果、20159月国連総会で採択された「持続可能な開発のための2030年アジェンダ」の中核をなすものである。SDGsは、貧困、飢餓から始まり、気候変動、生態系・森林そしてパートナーシップ等17の目標と169のターゲットからなっている2030年の世界目標である。国際社会では、SDGsの目標達成を後押しするために、国際機関、国、地域において様々な取組を進めている。ちなみに、我が国のSDGsの達成度は149か国中18位という報告が出されている。
 白書では、SDGsについて、これまでの国際目標にはない特徴として次の点を指摘している。
 まず、「誰一人取り残さない」という考え方の下、途上国に限らず先進国を含むすべての国に目標が適用されるという「ユニバーサリティー(普遍性)」である。二つ目は、SDGsの17の目標及169のターゲットは、「統合され不可分のものであり、持続可能な開発の三側面、すなわち経済、社会及び環境の3側面を調和させるもの」というものである。すなわち、「統合性」という考え方である。それぞれの目標やターゲットは相互に関連しており、一つの目標やターゲットについて達成を図ることが、他の目標やターゲットの達成につながる場合(場合によってはその逆)があることを念頭に対策に取り組んでいくことの重要性を指摘している。三つ目は、目標達成のためには多種多様な関係主体が「連携・協力する「マルチステークホルダー」の促進である。この中で、二つ目の経済・社会・環境の諸課題を統合的に解決することの重要性を示す「統合性」の考え方が今回の白書のテーマと密接に関連するものとなる。
 つぎに、第2章では、「パリ協定を踏まえて加速する気候変動対策」としてパリ協定を踏まえた世界の気候変動対策の潮流と我が国の主要な取組を紹介している。
 パリ協定は、歴史上初めて先進国・途上国の区別なく温室効果ガス削減に向けて規定した枠組みであり、パリ協定が、地球平均気温の上昇を2℃より十分下方に抑えるとともに、1.5℃に抑える努力を追求することなどを目的としている。このためには、社会経済活動の方向性を根本から変える必要があり、こうした状況の下、世界各国は、それぞれ、省エネルギーの徹底や再生可能エネルギーの導入拡大、カーボンプライシングの導入などを進めている。民間でも気候変動をビジネスにとってのリスクととらえ、石炭関連産業からの投資を引き上げるダイベストメントの活動が発生している一方で、気候変動をさらなるビジネスチャンスともとらえ、ESG投資の拡大など先導的な取組も進められている(IEAは、電力部門の脱炭素化に2050年までに約9兆ドルの追加投資が必要と試算している。)
 我が国としては、2050年80%の温室効果ガス削減を目指しているが、この達成のためには従来の取組の延長では困難であり、やはり、革新的技術の開発・普及などイノベーションによる解決を最大限追求する必要がある旨白書では指摘している。
 しかし、イノベーションは、技術だけでなく、社会経済システム、ライフスタイルのイノベーションも必要になる。そのためには、環境だけではなく、経済的、社会的な課題にも対応した取組が求められることになる。この点は、環境問題が人類のあらゆる社会経済活動から生じるものであることから、気候変動問題だけに限られるものではない。
 そこで、第3章では、「我が国における環境・経済・社会の諸課題の同時解決」と題して、人口減少・少子高齢化や都市への人口集中や地方の衰退、経済の低成長等、我が国は様々な社会経済の課題に直面しているが、これらの課題は、環境問題とも密接に関係している旨を指摘する。
 では、環境政策としてはどのように取り組んでいくかであるが、環境政策が重視すべき方向性としては、環基本計画において「環境・経済・社会の統合的向上」という考え方が示されてきた。この考え方の内容としては、これまでは、いかに社会経済システムに環境配慮を織り込むかという観点を中心に展開されてきた。例えば、2006年4月に策定された第3次環境基本計画では、「環境的側面、社会的側面、経済的側面が複雑に関わっている現代において、恵み豊かな環境を継承していくためには、社会経済システムに環境配慮が織り込まれていく必要」があり、持続可能な社会の実現のために、「経済的側面、社会的側面も統合的に向上することが求められます。」としていた。
 今回の白書では、こうした観点は引き続き最も重要な観点である一方、我が国の直面する先に述べたような経済・社会的課題が深刻化する中では、環境政策の展開に当たり、「環境保全上の効果を最大限に発揮できるようにすることに加え、諸課題の関係性を踏まえて、経済・社会的諸課題の解決に資する効果をもたらせるような政策を発想していくこと」、すなわち、環境政策で環境問題を解決すると同時に、経済・社会の諸課題をも「同時解決」していくという観点が「環境・経済・社会の統合的向上」を実現していく上で重要であると指摘する。
 気候変動対策の重要な柱である再生可能エネルギーの導入拡大についてみてみる。再生可能エネルギーのネエネルギー源は、太陽光、風力、水力、地熱等、基本的にその土地に帰属する地域条件、自然資源であるため、その導入ポテンシャルは、都市部より地方部において高くなっている。しかし、地域のエネルギー代金の収支を見てみると、2013年時点での環境省の推計によれば、約8割にあたる1346の自治体では379自治体では、10%相当額以上の資金が地域外へ流出している状況にある(注1)。今後、特に地方部でポテンシャルが豊富な再生可能エネルギーの導入をはじめとした気候変動対策により地域のエネルギー収支を改善することは、域外に流出していた資金が地域内に還元されることを意味する。それにより、地域経済の構築に寄与し、地方創生につながるとともに、再生可能エネルギー事業関連で新たな雇用を生み出すことも考えられる。温暖化対策の推進が、地域創生、活性化対策にもなるという「同時解決」の一例である。具体的事例を白書は紹介している。岡山県真庭市の木質バイオマス発電所事業により、未利用債の購入により約13億円が地元の山林所有者や林業関係者に還元され、雇用効果50人という試算が市でなされた例、平成28年熊本地震では、熊本県内の43の避難施設・防災拠点で、環境省事業で整備した再生可能エネルギーで夜間照明や情報収集機器の非常用電力として活用された例を紹介している。後者は、防災対策にもつながった例である。
 環境、経済、社会の諸課題の同時解決という観点も含めた「環境・経済・社会の統合的向上」の考え方の重要性を今回の白書では述べたわけであるが、それは、国際的な目標であるSDGsの特徴の一つとしてあげた、経済・社会・環境の諸課題を統合的に解決することの重要性を示す「統合性」の考え方と基本的に同様のものと言える。
 ここで、時系列でみると、SDGsで世界が共有されるに至った「統合性」という考え方は2015年の国連総会で採択されているが、我が国の「環境・経済・社会の統合的向上」という考え方は、既に2006年の第3次環境基本計画で定められている。我が国では、少なくとも理念のレベルにおいては、SDGsに先駆けて取り入れていたといえる。
 今回の環境白書は、国際的な目標であるSDGsを紹介しつつ、その特徴の一つである「統合性」に着目し、その考え方が環境政策の目指すべき方向性と位置付けられてきた「環境・経済・社会の統合的向上」と基本的に同様のものであること、「環境・経済・社会の統合的向上」に「同時解決」という観点も組み込んで、今後環境政策に取り組んでいく必要があることを、改めて訴えることが今回の白書のテーマに込められた重要なメッセージと言うことができる。
 こうした「環境・経済・社会の統合的向上」の考え方の具体化に向けた動きが一つ始まっている。来年3月を目指して新たな第5次環境基本計画の見直しが進められている。そうした中、次期計画の基本的枠組みとも言うべき「第5次環境基本計画中間取りまとめ(素案)」が6月の中央環境審議会総合政策部会に提出された(注2)。その中では、「環境・経済・社会の統合的向上」に向けた取組の具体化として、第5次計画は、従来の環境基本計画にあるような、特定の環境分野に関する縦割り的な重点分野の設定ではなく、「特定の施策が複数の異なる政策課題をも統合的に解決するような、相互に関連しあう横断的かつ重点的な枠組みを戦略的に設定すること」が重要と述べている。まさに、今回の白書で指摘した観点を踏まえたものと言える。
 具体的には、従来の計画(例えば第4環境基本次計画)においては、重点分野としては、「経済のグリーン化」など一部に横断的分野もありつつも、「地球温暖化」「生物多様性」、「物質循環」、「水環境」、「大気環境」、「化学物質」のような個別事象別の分け方がされていた。
 これに対し、「中間取りまとめ(素案)」では、事象別の区別は一切なくなり、「持続可能な経済社会の構築」、「国土ストックの価値の向上」、「地域循環共生圏形成」、「健康で心豊かな暮らし」、「技術の開発・普及」、「国際貢献」といった完全に横断的な戦略の設定の仕方となっている。
 本稿執筆時点(7月)では、まだ議論中のものであるが、我が国の環境保全の基本となる計画に「環境・経済・社会統合的向上」の考え方がどのように具体化されていくか結果が待たれる。
 
 
(注1)地域経済循環分析 環境省ホームページ
http://www.env.go.jp/policy/circulation/index.html
 
(注2)第5次環境基本計画中間取りまとめ(素案) 
平成29年6月29日第90回総合政策部会資料2 
環境省ホームページ
http://www.env.go.jp/council/02policy/y020-90b/mat02.pdf